白鳳流とは of 白鳳流合気武道公式サイト

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攻撃を受けた時に、非暴力を貫く事。

白鳳流で定義する非暴力とは、攻撃してくる相手をただ「攻撃出来ない状態」にすることです。そして、その状態を作る過程においても自らは殺意を持たず対処することを流儀としております。

その方法は、相手の身体に器質的な損傷を与える打撃ではなく、攻撃者の意図を制御し取り押さえる技法です。ただ、はずみや想定外の暴れ方をされた場合、腕の骨が折れることもあり、或いは取り押さえてもその攻撃性をさらに拡げて来る場合は骨を折る事を認めています。それによってお互いの生命が保持されると云うことがあるからです。
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自らは殺意を持たずに相手に暴力を行使させないという「非暴力を貫徹」は、技術のみならず心理的にも、かなり厳しい稽古を要求します。暴力というのは、他人の同意無く自我の欲求を満たす為に行使する腕力であり、自我の欲求を満たす為に相手の存在を認めないその腕力は殺意を含んでいます。そこには脅しも含まれており、脅すと云うことは暴力と同じです。

この暴力に対して殺意を持たず、器質的損傷を与えないで制御するのが白鳳流の言う非暴力ですが、実はこれはかなり難しいものです。そのため「非暴力を貫徹する技術」を目指すには精神技術を含む様々な方法論が必要であり、白鳳流の体術原理はこの哲学に導かれて成立して来たと言えます。

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白鳳流のもうひとつの哲学は、広義には殺人芸術(マーシャルアーツ)と云う範疇にありながらもその範疇を常に越えようとする非暴力の精神と、それを支える技術を磨き続けることにあります。

武道とは心身を鍛え人に負けない強靭な自己を育成する要素があります。しかし白鳳流は心身の錬磨を第一位に位置付けてはいません。当流の特徴を第一に挙げるならば、それは人間の追求にあります。
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心身の機能や構造がもたらす働き方を古武道の技法を通して稽古する。相手が立ち塞がり邪魔をしてくる状況の中、如何に自由自在に動けるかを「体の使い方」と「心理の使い方」を武道と云う形態のなかで錬磨しています。

言い換えれば、それは心理的、生理的、神経的、物理的な要因がそれぞれがどのように人の中でリンクして作用しているのかを知る事となります。

白鳳流では、自己に勝つ、自己の限界に挑戦し、心身の錬磨を続けることを重要な要素の一つとしておりますが、武道として、人に勝つという点を重要視することに同意していません。それは生きていられる時間には限りがあるからです。昨日の自分に克つと云うだけでも時間を必要としますから他人に勝つと云う比較の世界に居ては真理に到達し難いと考えるからです。特に合気に関しては物理空間以外での作業があります。そこには他人に勝つと云う結果が既に含まれております。そこに自他はないからです。ですから、他人に勝つことを意識化して時間を取られる事は至極勿体無いのです。


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白鳳流では、第一に筋肉をセンサーとして使い、動力源には重力を使い、筋力と重力を確実に識別して動きを学ぶことを教えています。筋力を働かせている間は重力は働かず、重力が働いている間は筋力は働かない事を体感するのが稽古の最初になります。

武道とは人間が重力に反応する瞬間を感じるものです。重力と筋力には興味深い関係があり、当流ではこれも「重力理論」の中で解説しています。重力原理を使いこなすには鉛直感覚を磨かなければならず、正しい鉛直感覚を身に付ける技法を鍛錬の中で明示しています。

第二に、当流で重要視しているのが、「一重身(ひとえみ)」を直線的に動く原理です。概略を述べれば、一重身に動くには全関節が均等に働く様にする事が秘訣だと云うことになり、この動きを修得するためにはいわゆる「摺り足」の使い方が必要になります。摺り足とは前輪駆動で動くということに尽き、出ている方の足で体を引き寄せる様な使い方をします。

次に重要視しているのが「回転しない」ということです。回転する時には回転軸が生じます。武道では円運動を誘発しない動きが求められるので回る動作はご法度です。回らない為の方法は、二つの股関節を使って軸を同時に二つ創ることです。回転せず「開閉する」と云うのが白鳳流の特徴の一つです。人間の通常の動作では、骨が関節で曲がる様になっている為に回転運動を起こしてしまいます。回転している間は回転軸が生じ、その部分は停止しているのと同じ状態となり捌きがなくなります。停止部位は攻撃を受けるため「軸の消去」が大きな命題となります。

最後の流儀特徴は「三方向同時動作の原理」です。これは非力な人が大きな力を制する方法であり、大男に攻撃されたにも十分対処出来ることを体験させています。
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これらの原理に加え、瞑想を重視した稽古体系になっていることも当流の大きな特徴です。瞑想とは肉体を動かさず精神だけを動かすことですが、脳内のノイズを除去することが出来るため相手動作の見切りが出来ます。白鳳流では怒りを起こさないことも大切な稽古次第に組み入れており、その方法の第一として瞑想を重視しています。

カッとなる瞬間には脳内から毒素がでます。この瞬間に、これはまずい、怒るのは止めようとコントロールしても一旦でてしまった毒素は体内に巡り出ますので、瞬時に反省しても手遅れです。怒りを繰り返しているとその為に老化が急速に進むので、年齢より老けてしまいます。武術的に捉えても、怒りの度合いに応じて知能指数が低下するため、判断を誤り自ら不覚を誘うこともあります。

加えて瞑想では脳が多量の酸素を消費するため、脳の栄養素である酸素を供給しておくために呼吸法を必須項目にしています。通常の呼吸では常にやや酸欠に近い状態ですので毎日15分程度は少なくとも深い呼吸を意識して行わなければなりません。また瞑想は奥義の段階に入るのに必須の技術となります。高度な心理戦では、この心で制圧する技法が必要だからです。

また瞑想は考えることから感じることへの切り替えとなります。斬りかかってくるのをちょっと待ってと思うならばその瞬間に斬られてしまうでしょう。考えず、感じなければならないのです。一秒間に考え得る事象は凡そ40位なのに対して感じることは正に桁違いの400万位であると言われています。斬られるか捌き切るかは考えるか感じるかの違いでもあります。