白鳳流の歴史-5 of 白鳳流合気武道公式サイト


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白鳳流合気武道公式サイト Last Updated 2014-10-15

白鳳流合気武道創始


大東流白鳳会の設立

阪神大震災の年、私は森恕琢磨会総務長に、指導方針において他の先生との違いを生じてしまっている為、脱会の意をお伝えして御頼み致しました。森総務長は会内会派を作っても良いから一緒にやろうとまで言って下さったのですが、無理にお願いした形で大東流白鳳会として独立いたしました。

独立に際しては、琢磨会の会員とは接触しない事を森総務長との約束で、取り決めておりましたので、直接私が指導していた門人だけを対象に白鳳会が設立されることになりました。ですからかつて私が育て、琢磨会の支部長として成長した以前の私の生徒達には全く連絡を取らなかったので、どうして連絡をくれなかったのか、と思った事でしょう。大変申し訳なく思いましたが、止むを得なかったのです。

出来るだけ簡潔にして長くならない様に人物説明と時系列を省略して経緯を辿りましたので分りづらくなってしまった所もあるのではないかと存じます。お詫び致します。しかし、このような経緯を経て、大東流白鳳会が誕生しました。

これ以前から、惣角先生の残した技法群を現代人の運動感覚で稽古を進めるべきではないと確信しておりましたので、白鳳会の稽古は古武道として、正確に言えば惣角伝小野派一刀流の動きから大東流技法を解析して行くことで先師達人の動きをを再現させようと、稽古法を完全に刷新しました。

大東流を稽古する全ての会派において、多くの指導者は、その術理にそぐわない動きをしておられたとの印象を残しております。その為に技法そのものが粗暴、粗野に映っておりました。この原因は習う人の観察力の無さに起因しているのではないかと思います。

私は投げられて投げられて覚えた体の記憶を徹底して追求し、武田先生の精緻な重心感覚を捉え直しました。その上で惣角伝小野派一刀流が教えてくれた体術で技法サンプルと取り組んだのです。それが白鳳会時代でした。アンバランスの中にバランスを求め続けたスキーに鍛えられた自身の重心感覚、呼吸と共に変わるその感覚。それに惣角が秘伝としていた密教の秘儀を脳科学から導きだした技法奥義の分析方法論。

それらが段々と一体化してきた時期に当たります。そして純粋に大東流を古武道に戻す事に専心しておりました時期でもあります。残された技法群を解析する為に、何千もの技を分析するには時間が掛かりすぎますから、立合に使った技は居捕りには使わない様にするなど、およそ600の技を選抜し、どのように動くとその技が最も機能するのかと云う観点から分析し直しました。

この結果、この古武道化を可能にした原理を用いで私自身もおよそ300の技法を創出致しました。これによって惣角先生なら何万と云う技を創出可能であったことを実感出来たのです。つまり大東流には、それまで数百の流儀技法があったにしても、その殆どが惣角先生によって編み出された可能性が大きいと云うことです。その辺りのことは詳しく稽古真髄に述べております。

技に因っては捻じれを利用した方が効率の良いものもありますが、それらは極めて少なく、剣理もしくは剣の体捌きに見られる一重身の動きを使うと機能する技が圧倒的でした。武田惣角先師が残し、久琢磨先生が編集した技法群は現代人の股関節運動では再現し難いものです。回転せず開閉の動きが鍵でした。

さて、次にもの凄い有効性を与えてくれたのが摺り足での動きです。一刀流は突きが極意で、隙あらば突く訳です。その突きのレベルを一気に達人レベルに上げてくれるのが摺り足です。

一般的に何だ摺り足か、と云う程度にしか受け取られていないのが現状ですが、これがどれほど動きの質を転換してしまうものなのかは実際に使えるようにならないと分かりません。どれ程のものかあまり知られていないのは、摺り足の実態を知らない人が多いので、それは当然かも知れません。

斬る斬られる世界では絶対に必要不可欠なもので、剣術の形を打つと、嗚呼これを使わないと間に合わないなと云うことを体が実感して来ます。前に出ている方の足の裏全体で、前輪駆動の要領で体ごと引き寄せる動きですが、私は前輪駆動でキャタピラーが動く様なイメージを強く要求しています。その結果として後ろに位置していた足が引き擦られる訳でこの事を指して、便宜上摺り足と呼んでいる訳です。

この使い方にも頭をその重さが踵に落ちる位置に置くことや、抜重によって生まれる加重を使える様にするなど、少なからず細かい教えがあります。この摺り足は、前進後進ばかりではなく全方向にも使います。