白鳳流の歴史-1 of 白鳳流合気武道公式サイト


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白鳳流合気武道公式サイト Last Updated 2014-10-15

総長独白
白鳳流合気武道の創建

総長 岡林将玄

白鳳流は大東流白鳳会から古武道の流れを汲んで2002年8月7日に創建された流儀です。私は大東流白鳳会として100回を超える海外セミナーをも開催して参りました。暴力の連鎖を断ち切る為に日本武道の不殺精神を主に欧米の武道家たちに知って欲しかったのです。最初は日本で修業を積んだ生徒が帰国して私を呼んでくれておりました。当初オープンセミナーではセミナー荒らしの妨害を受けたりしておりましたが、相手に勝ち、相手の倒し方だけを指導していた人々の中からも、やがて日本武道の合気の発想に理解を示してくれる人々が現れ、だんだんセミナーに協力してくれる人が増えて行きました。その中から支部を任せても大丈夫だと判断した人物には支部の開設を許可して参りました。

しかし一方ではセミナー参加者の中から一回しか講習を受けていないのにも関わらず私から何度も教授を受けたとして、大東流を名乗り始めた指導者も相次ぎました。アメリカでは本まで出版し、そこに勝手に私の弟子であると堂々と書いている人もおります。

以後、講習終了証の発行をしないようになりましたが、今や大東流を名乗る会派が三桁に達する事態を招いた一原因を作った事には間違いなく大変恐縮いたしております。大東流のブランドを大いに広めたと自負しておりましたが、現在日本国内でも真に大東流に値する会派は五本の指に入るか入らないかの状態であるにも拘わらず、ブランド品は儲かるとしてある日突然大東流に鞍替えする会派も出て、大東流界は混沌の渦中にあります。

私自身は、こよなく愛して来た大東流の名称変更と新流儀創建は本意では有りませんでしたが、武田時宗先生から君は武田家には関らず独自の道を進みなさいとの指示を受けていたことと、当て身の廃止や、また合戦武術を今稽古している人に活かす為の心理技術へとシフトした結果、大東流を標榜するにそぐわない稽古体系になってしまいました。

その結果、同門同流の皆様の迷惑にならぬ様、名称変更に伴い流儀創建に踏み切った次第であります。特に当て身に関しましては、白鳳流とは、の項にも少し触れております通り、当て身を入れて合気を使うのはまやかしであり、真実は合気を掛けるには当て身を入れてはならず、逆に云えば当て身を入れると合気を使うことは出来ないと云うことであるのです。

つまり、当て身の瞬間こそが合気を使うべき瞬間であると云うことなのです。当て身を入れることで自ら合気を使うべき瞬間を封鎖していることになるのです。このため当て身を入れていると中々合気の上達が望めないのです。合気柔術を名乗りながら柔術に終始してしまうトリックがここに隠されています。拠って白鳳流では当て身を廃止いたしております。